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History 50周年の歩み

1976

一級建築士事務所
「株式会社IAO竹田設計室」開設

1976年10月、竹田秀道、金峰鐘大、阪井惠一、和田十九生の4名で創設。理念は“人々の生活の総てに関わりをもつ建築、未来を見つめ社会のニーズに応え私達は理解しあう仲間とともに建築を愛し建築をとおして、文化の向上と発展に尽くしたいと考えます”であった。

  • ユニ宇治マンション
  • 木村邸
  • ユニ・ハイショップビル

1980

「総合設計制度」を
他社に先駆けて経験

大阪市では全国に先駆けユニークな集合住宅の容積割増の総合設計制度を設けていた。いち早く経験することができた当社は、後に世間で“総合設計の竹田”といわれるまでに取り扱い件数が増えていった。

  • ハイネス上本町 ※初の総合設計制度利用
  • 富本邸

1986

創立10周年を迎え
東京事務所開設

この頃、年間に取り扱う件数が20物件を超えるようになり、少しずつ作品にも恵まれるようになった。東京にも人間関係ができはじめ、節目の10年目に東京事務所を開設することとなった。

  • サンロイヤルゴルフクラブ

1987

本社を大阪市中央区の
当社設計ビルに移転

所員数が5年間で4倍増の約80名となる。日本経済がプラザ合意から始まる未曽有のバブル景気へと進んでいく中、公共工事には目もくれず民間事業のみで経過してきた当社にとって恰好の時代が訪れた。

  • ハイネス淡路町ビル

1988

瀬戸大橋の開通を機に
高松事務所を開設

バブル景気にあわせるかのように、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋が開通。これからは四国の時代の到来と読み、故・竹田秀道の故郷である四国・高松市に事務所を開設する運びとなった。

高齢化社会の到来を鑑み
医療・福祉部門を創設

高松事務所では、香川短期大学宇多津キャンパスなど大型複合施設の設計機会に恵まれた。同時に、民間の柱の一つとして、高齢化社会の到来を鑑み、医療・福祉部門を創設した。

  • 香川短期大学宇多津キャンパス
  • サンマンション阿倍野プラウ

1989

「超高層プロジェクト」に
初参画

一敷地一棟31階建のカデンツァ・ザ・タワーは、得意の総合設計を利用し、規制緩和のないこの当時としては破格の容積率アップを図り(200%→323%)実現したものである。この経験が、後の多くのプロジェクトへとつながっていく。

バブル景気の中、
リゾートホテルの建築に着手

リゾート法が制定され各地に整備地域が指定された。当社も積極的に取り組み、イタリア人建築家マリオ・ベリーニ氏との協業によるリゾナーレビブレクラブ小淵沢(現:星野リゾートリゾナーレ八ヶ岳)に携わる機会に恵まれた。

  • カデンツァ・ザ・タワー ※初の超高層プロジェクト

1994

本社を大阪市中央区博労町に移転。
社名を「株式会社IAO竹田設計」に改名

バブル崩壊後、4カ所に分散していた本社を一つにまとめ、中央区博労町に移転した。同時に社名もIAO竹田設計に改めた。東京事務所の業績の落ち込みはひどく、スタッフの大阪移転を余儀なくされる事態になっていった。

  • リゾナーレビブレクラブ小淵沢 ※現:星野リゾートリゾナーレ八ヶ岳
  • トヨタオート山梨

1995

阪神・淡路大震災からの復興に向け
集合住宅の受注激増

この頃、震災復興の名のもと住宅ローン減税などの国策的後押しもあり、従来、得意としていた集合住宅部門の受注を増やしていった。その中身は30戸程度の小規模なものから、1,000戸におよぶ大規模なものまであった。

  • ファミール芦屋東
  • 江戸堀センタービル

2001

和田十九生の逝去により
大植基義が東京事務所新所長に

創立25周年を迎えた2001年、創業メンバーで東京事務所所長であった和田十九生がこの世を去った。この後、悲しみを胸に赴任した現在の代表取締役副社長 大植基義のもと、東京事務所が再スタートする。

  • ディアエスタ・ミオ芦屋三条

2003

海外初進出となる
中国・武漢事務所を開設

当社初の海外事務所を中華人民共和国の武漢に開設。中国石油タリム油田分公司本社総合ビルのような大きなプロジェクトにも参画し、実績を残していった。

  • OSAKAフォレストスクエア
  • 八光心斎橋AIR Bldg

2004

東海経済の発展を背景に
名古屋事務所を開設

発展する東海経済を背景に名古屋事務所を開設した。大阪、東京、名古屋の3拠点を中心に順調に業績を伸ばした2000年代初頭は質、量ともに充実した期間であった。

  • 中国石油タリム油田分公司本社総合ビル

2007

リーマン・ショックの
打撃に負けず全社一丸で邁進

100年に一度と言われた世界的金融危機が発生し、当社へも深刻な事態をもたらした。受注量は激減、売上も25%減少したが、所員数を減らすことなく全社一丸となり乗り越えることができた。

  • 琉球温泉瀬長島ホテル

2012

創業者・竹田秀道から金峰鐘大へと
社長のバトンが引き継がれる

リーマン・ショックからの立ち直りと、創立40周年に向けた次世代へのつながりを目指し、社長のバトンが創業者 竹田秀道から金峰鐘大へと引き継がれた。

IAOプランニングを
IAOプランニング&デザインに再編

社長交代と同時にIAOプランニングを再編改組し、従来とは異なる切り口の受注体制を目指して、新たな企画会社・IAOプランニング&デザインとして再スタートさせることとなった。

  • グランサンクタス淀屋橋
  • 特別養護老人ホーム足立万葉苑

2018

総合設計事務所として拠点を拡大
九州事務所を開設

東京五輪開催決定やインバウンドなどにより建築関連業界が活況を呈した。当社が携わる案件も多種多様化し、総合事務所としてのさらなる発展を目指した。その一環として九州福岡に拠点を設けることとなり、新たに九州事務所を開設した。

非住宅への取り組みを強化
多彩なプロジェクトに携わる

かねてより非住宅への強化を課題としていたが、この頃、大規模商業ビル・ホテル・スタジアム・医療福祉施設・オフィスビル等、作品性のある多くのプロジェクトに参画することができた。

  • 芦屋セントマリア病院

2020

コロナ禍が世界を襲う
未経験の事態に手探りで立ち向かう

新型コロナウイルスが世界的パンデミックを引き起こし、人類が過去に経験したことのない事態に見舞われた。しかし、これまでの実績を通して築いてきた良好な関係により、新たなプロジェクトにも参画していった。

  • 積水ハウス不動産関西 南御堂ビル
  • エディオンなんば本店
  • 都シティ東京高輪

2021

会長・竹田秀道が逝去
想いを継ぎ、創立50周年に向け
さらなる飛躍を目指す

創立45周年を目前に、会長 竹田秀道が逝去。お別れの会では、500名近い来臨を賜り、竹田が後進に託した思いも、多くの方々に知っていただくことができた。そして、創業以来の理念を所員一丸となって全うし、社会と文化の向上に寄与する理念を再度掲げ、未来への出発点とする。

  • プラウドタワー渋谷
  • YANMAR HANASAKA STADIUM ※長居球技場・旧:ヨドコウ桜スタジアム
  • シエリアタワー中之島

2026年10月 創立50周年

50年の感謝を胸に、原点を見つめ、
これからも挑んでいく。